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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)12101号 判決

原告

本庄務

外五名

右六名訴訟代理人弁護士

富沢準二郎

伴義聖

右訴訟復代理人弁護士

石井和男

被告

三恵興業株式会社

右代表者代表取締役

郷禎伯

被告

東方商事株式会社

右代表者代表取締役

恩田公一

右両名訴訟代理人弁護士

田宮甫

堤義成

鈴木純

行方美彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告三恵興業株式会社は、原告らに対し、別紙物件目録記載の建物についての東京法務局文京出張所昭和五三年一月九日受付第一八四号所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告東方商事株式会社は、原告らに対し、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも別紙物件目録(一棟の建物の表示)記載の建物(以下「本件マンション」という。)に包含される区分所有の対象となる建物部分を所有している。

2  別紙物件目録(専有部分の建物の表示)記載の建物(以下「本件管理人室」という。)は、本件マンションの一部分である。

3(一)  被告三恵興業株式会社(以下「被告三恵興業」という。)は、本件管理人室につき請求の趣旨1項記載の保存登記を経由している。

(二)  被告東方商事株式会社(以下「被告東方商事」という。)は、本件管理人室を占有している。

4  しかし、本件管理人室は、左の理由により建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)四条一項にいう「構造上区分所有者全員又はその一部の共用に供されるべき建物の部分」(以下「共用部分」という。)にあたる。

(一) 本件管理人室(和室二間、台所、便所、風呂、廊下、出入口からなっている。)は、本件マンション一階の南西側に位置し、各区分所有者のための玄関、ロビー、エレベーター二基及び階段に接しており、その南西側に隣接して床面積約8.28平方メートルの管理事務室がある。その位置関係の概略は別紙図面(二)のとおりであり、同図面のニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ、ソ、ニを順次直線で結んだ範囲の部分が本件管理人室であり、同図面のイ、ロ、ハ、ニ、ソ、レ、タ、ツ、イの各点を順次直線で結んだ範囲の部分が管理事務室である(以下、「本件管理事務室」という。)。

(二) 本件管理事務室は、本件マンションの玄関に面しており、本件マンションに出入りする人の応対や監視ができるようになっているとともに、室内には火災、溢水等の警報装置、配電盤、点消灯装置などの共用設備が設けられている共用部分である。

(三) 本件管理人室と本件管理事務室との床には段差がなく、その境である別紙図面(二)のレ点とソ点の間にガラスの引戸があるが、右引戸の開閉は自在で本件管理事務室と本件管理人室との間は自由に行き来することができる。また、同図面のレ点とタ点との間は単にボード壁で仕切られているにすぎない。

(四) 本件マンションは区分所有の対象となる建物部分を一〇八戸包含しており、右程度の規模のマンションでは住み込み管理人による二四時間の管理体制をとることが必要であり、そのためには管理業務に従事する者が右業務を行う場所に接着して休憩、更衣、睡眠のための場所や管理関係の書類の簿冊、資料及び資器材、居住者に対する不在配達物の保管をする場所が必要であるところ、本件管理事務室には睡眠、休憩、更衣をする場所や管理関係の書類、簿冊、資料、資器材及び居住者に対する不在配達物の保管する場所はもちろん便所さえもないから、本件マンションを管理するためには本件管理事務室と本件管理人室とを一体不可分のものとして利用する必要があり、現に本件マンションの区分所有者の委託により、昭和五九年六月三〇日まで本件マンションの管理業務を行っていた被告東方商事も本件管理人室と本件管理事務室とを不可分なものとして右の用途に利用していた。

(五) なお、永豊企業株式会社が本件マンションを販売するにあたり頒布したパンフレットには、一階に共用部分として管理人室を設ける旨明記されており、原告らはこれを信頼して区分所有建物を購入した。

5  よって、原告らは、共用部分たる本件管理人室の共有持分権に基づいて、その保存行為として被告三恵興業に対しては請求の趣旨1項記載の所有権保存登記の抹消登記手続を、被告東方商事に対しては本件管理人室の明渡を求める。

二  被告らの本案前の主張

区分所有法上共用部分について訴えを提起できる主体は管理組合又は共有者全員又は区分所有法二五条の管理者でなければならないが、原告らは、右のいずれにも該当しないから、当事者適格がない。

三  被告らの本案前の主張に対する原告らの答弁

原告らは、本件管理人室の共有持分権に基づき、その保存行為として本件の訴えを提起しているのであって、被告らの主張は独自の主張にすぎない。

四  請求原因に対する認否及び反論

(認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3(一)、(二)の各事実は認める。

4 同4冒頭の事実のうち本件管理人室が共用部分であるとの主張は争う。

(一) 同4(一)の事実は認める。

(二) 同4(二)の事実は認める

(三) 同4(三)の事実のうち、本件管理人室と本件管理事務室との床には段差がないこと、その境である別紙図面(二)のレ点とソ点の間にガラスの引戸があること、同図面のレ点とタ点との間が壁で仕切られていることは認め、その余は否認する。同図面レ点とタ点との間の仕切壁はコンクリート壁である。

(四) 同4(四)の事実のうち、本件マンションは区分所有の対象となる建物部分を一〇八戸包含していること、被告東方商事が昭和五九年六月三〇日まで本件マンションの管理業務を行っていたこと、右東方商事が本件管理人室を管理業務に従事する者の休憩、更衣、睡眠等をする場所として、また管理関係の書類簿冊、資料、資器材、居住者の不在配達物の保管場所として利用していたことは認め、その余は否認する。

本件マンションの一階平面図は別紙図面(三)のとおりであるが、右図面赤斜線部分(店舗)は訴外郷禎伯(以下「訴外郷」という。)を実質的オーナーとする東方グループ(この中には被告らも含まれる。)に属する法人である秀丸建設株式会社(以下「訴外秀丸建設」という。)が、黒斜線部分(倉庫)は同じく東方グループに属する法人である永豊企業株式会社(以下「訴外永豊企業」という。)が、青斜線部分(駐車場)は訴外郷(その後株式会社レインに所有権移転)がそれぞれ専有部分として所有していたため、本件管理人室は東方グループが所有する右店舗、倉庫、駐車場を管理するための専有部分として設けられたものであり、被告東方商事は本件マンションの分譲の時点で訴外秀丸建設、訴外永豊企業、訴外郷から右各専有部分の管理の委託を受けてその管理のために本件管理人室を使用してきた。

(五) 永豊企業株式会社が本件マンションを販売するにあたり頒布したパンフレットには一階に共用部分として管理人室を設ける旨明記されていることは認め、その余は不知。

右パンフレット中の「管理人室」は本件管理事務室を意味し、本件管理人室を意味するものではない。

(反論)

1 区分所有法にいう専有部分として区分所有の対象となりうるためには、当該建物に構造上の独立性と利用上の独立性が必要であり、かつそれで十分である。

2 構造上の独立性とは、当該建物の部分が構造上他と区分されているということであるが、そのためには、①構造上その部分を遮蔽することができる隔離のためのなんらかの設備が存在すること(但し、隔離物が壁のように開閉不能なものである必要はなく、扉、窓のような開閉可能なものでもよい)(隔離設備の存在)と②隔離のための設備は建物の躯体との関係で一定した位置に存在すること(定置性)が必要であると解されているところ、本件管理人室は別紙図面(二)のニ点とヘ点間、ヘ点とト点間、リ点とヌ点間、ヌ点とル点間、ル点とワ点間、ワ点とカ点間、ヨ点とタ点間、タ点とレ点間、ソ点とニ点間にはコンクリート壁があり、ト点とチ点の間には鉄製扉が、カ点とヨ点間には窓が、レ点とソ点間にはガラス引戸が存在し、本件管理人室は右①(隔離設備の存在)②(定置性)の要件を充たしており、本件管理事務室とも構造上区分されていることは明らかである。

3 次に利用上の独立性とは、当該建物部分が住居、店舗、事務所、倉庫等一般には独立の建物が有しうる用途に供することができることであり、そのためには①他の部分を伴わずそれ自体で通常の取引の対象となるという意味での経済的観点から見た完結性と②他の部分を伴わずにそれ自体の用途に支障が生じないという意味での現在の利用上の完結性が必要であると解されているところ、本件管理人室は、4.5畳の和室、6畳の和室、台所、便所、風呂、廊下、玄関(出入口)より構成され、他の部分を伴わずにそれ自体で通常の取引の対象となりうることはもちろん、右のとおり本件管理人室独自の出入口があり他の部分を伴わずにそれ自体で住居としての用途に供することにつき全く支障が生じないから、本件管理人室が利用上の独立性を有することも明らかである。

4 したがって、本件管理人室は専有部分となりうる要件を充足しており、共用部分ではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2、3(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

二被告らは、原告らには本件訴えを提起するにつき当事者適格がない旨主張するが、原告らは、本件管理人室が区分所有法上の共用部分であるとしてこれに対する共有持分権に基づきその保存行為として本件訴えを提起しているから、原告らが当事者適格を有することは明らかであり、被告の本案前の主張は独自の見解であって採用できない。

三1  原告らは本件管理人室が区分所有法上の共用部分であり、専有部分ではないと主張する。

ところで、当該建物の部分が専有部分であるか否かは、当該部分が区分所有法一条の要件すなわち構造上の独立性の要件及び利用上の独立性の要件を充足するか否かによって決せらるべきであり、構造上の独立性とは、建物の構成部分である隔壁(仕切り壁)、階層(床及び天井)等により独立した物的支配に適する程度に他の部分と遮断され、その範囲が明確であることをいい(従って、必ずしも周囲すべてが完全に遮蔽されていることを要しない。)、利用上の独立性とは社会観念上それ自体として独立の建物としての用途に供することができるような外形を有することをいうと解するのが相当であるから、以下右の観点から原告らの主張を検討する。

2  本件管理人室は和室二間、台所、便所、風呂、廊下、玄関出入口からなる床面積37.35平方メートルの建物部分であり、本件マンション一階の南西側に位置し、各区分所有者のための玄関、ロビー、エレベーター二基及び階段に接していること、本件管理人室の南西側に隣接して床面積約8.28平方メートルの本件管理事務室があり、その位置関係は請求原因4(一)のとおりであること、本件管理事務室は本件マンションに出入りする人の応対や監視ができるようになっているとともに、同室内には火災、溢水等の警報装置、配電盤、点消灯装置などの共用設備が設置されていること、本件管理人室と本件管理事務室との床には段差はないが、その境界である別紙図面(二)のレ点とソ点との間にガラス引戸があり、同図面レ点とタ点との間は壁で仕切られていること、以上の各事実は当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件管理人室は別紙図面(二)ト点とチ点間に鉄製の玄関ドアがあり、カ点とヨ点間に窓があり、そして本件管理事務室との境に前記のとおりガラス引戸(同図面レ点とソ点の間、以下「本件ガラス引戸」という。)がある外はその周囲が壁で囲まれ、右各壁は床及び天井に固定されていること、本件ガラス引戸が取り付けてある位置には本件マンション建築当時から右引戸をはめ込むための敷居、鴨居、戸あたりが取り付けられていること、前記の別紙図面(二)のト点とチ点間の鉄製ドアは、施錠可能な本件管理人室専用のドアであり、ここから本件管理事務室を利用せずとも自由に外部と出入りできること、本件管理人室には共用設備はなんら設置されていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右当事者間に争いのない事実及び右認定事実によれば、本件管理人室は、隔壁(仕切り壁)、階層(床及び天井)等により独立した物的支配に適する程度に他の部分と遮断され、その範囲が明確であり、かつ社会観念上それ自体として独立の建物としての用途(本件管理人室の場合は居室または事務室)に供することができるような外形を有していることが認められ、構造上及び利用上の独立性を有していることは明らかである。

従って、本件管理人室は区分所有法一条の専有部分に該当し、同法四条一項の共用部分に該当しないというべきである。

3  ところで、〈証拠〉によれば、一階各部の仕様を示す設計図では、管理事務室、玄関踏込、台所、和室、洗面・脱衣室、便所、浴室が一体となって管理人室を構成する旨の仕様となっていること、そして本件マンションの案内のパンフレット、図面集、価格表にはいずれも共用部分として管理人室を一階に設置する旨記載されていることが認められ、右各記載に照らすとマンション購入者としては本件管理人室と本件管理事務室とが一体となって管理人室を構成し、これが共用部分となると理解していたとしても無理からぬ面があるが、本件管理人室が専有部分か否かは前記のとおり構造上及び利用上の独立性の有無によって決せられるべき性質の事柄であり、マンション販売用のパンフレット等の記載やマンション購入者の認識によって左右されるものではないから、右認定の事実によって前記認定判断に消長を来すものではない。

また、原告らは、本件マンションは二四時間の管理体制をとる必要があり、そのためには管理人が睡眠、休憩、更衣をする場所や管理関係の書類等を保管する場所が必要であるにもかかわらず、本件管理事務室は約8.28平方メートルの広さしかなく、睡眠、休憩、更衣をする場所や管理関係の書類等を保管する場所はもちろん便所さえないから、本件管理人室を本件管理事務室と不可分一体のものとして利用する必要がある旨主張する。なるほど本件マンションは一〇八戸の専有部分(住宅)を包含する比較的規模の大きなマンションであることは当事者間に争いがなく、したがってこれを管理するために管理業務に専念する管理人を常駐させる必要性が高いとはいえても、そのために本件管理人室とくに和室、台所、便所が配電盤や警報装置等のような共用設備と同視しうるほどに本件管理事務室と不可分一体の関係にあるものと認めることはできないから、右事実によっても前記認定判断に消長を来すものではない。

四以上の次第で原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官松本史郎)

別紙

別紙物件目録〈省略〉

別紙図面(一)、(三)〈省略〉

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